Icon of admin

5億年ぶりに書いた文章(オミ転…

5億年ぶりに書いた文章(オミ転♀/ネームレス/鷲寮)


 
 
 ホグワーツ魔法魔術学校、午後。授業過程もあらかた終了し、透明な空気が城内を満たす頃。  
 少し前、転入生から『今からそっちに行く』と簡潔なふくろう便を寄越されたが、一時間ほど経っても足音は聞こえてこなかった。彼女の足音は特徴的なので、聴覚の鋭敏なオミニスにかかればたとえ遠くからでも判別がつくものの、今ばかりはその他大勢の雑踏と、時おりピーブズのいたずらに引っかかった生徒の悲鳴のみが流入してくる。どれも現在の彼にとっては些末事だった。  
   
 しばらく地下聖堂の冷たくざらついた石畳に直接どっかと座り込んでいたオミニスだったが、ここまでくると流石に心配が勝る。  
 あのレイブンクローにしては勇敢すぎる転入生のこと。かんたんにやられる質ではないだろうが、お人好しが祟って文字通りなんにでも、それこそ「子どもが赴くなんてとんでもない!」とホグワーツじゅうの肖像画や鎧兜たちが震え上がるほど危険なことにまで首を突っ込んでいくので、怪我をこさえてくるのも決して少なくない。その証拠に、転入生にはいつもほのかなウィゲンウェルド薬の残り香がまとわりついていた。  
 
 迎えに行ってやろうとも思ったが、どこにいるのかわからないのでは世話がない。ホグワーツ内で頼みごとを聞いて回っているのか、ホグズミードで時間を忘れているのか、ギャレスにお願いされて(もとい、無茶振りに応じて)材料を採取しているのか、それとも外でフィールドワークと称してトロールだのなんだのを相手取っているのか――どれもありえる以上、探索範囲が広大で探しようもないので、とりあえず事情を知っていそうで、かつ身近なセバスチャンに訊ねようと、オミニスは片手に杖を掲げて膝を立てた。  
 もしあてが外れたら、セバスチャンとともにホグワーツの正面玄関ではなく西塔の窓辺で待ち構えていれば、どうせ箒に跨り違反すれすれのスピードで飛び込んでくるだろう。なんせ彼女はいつも、門限をぎりぎり(・・・・)守らない。  
 
 ――空気が動くとともに、かすかなウィゲンウェルド薬の香りが混じる。  
 
 オミニスの鼻がひくりと動く。次いで、ぱたぱたと軽快な足音。地下聖堂は音がよく反響する。転入生のものだ。  
 
(……血の匂いがする?)  
 
 冷えた指先が撫ぜゆくように、嫌な予感がオミニスの背筋をつたう。近づいてくる足音を出迎えようと、地下聖堂の階段へと向かうごとに、鉄錆の気配が色濃くなる。  
 
 
「オミニス! ごめん、お待たせ!」  
 
 
 いつも通り、賢そうで、優しくて、鈴を転がしたような音色だ。急いで走ってきたのだろう、息は弾んで、やや上ずっていて、少しだけ言葉尻が掠れている。だがやはり――。  
 
「転入生。怪我をしているな?」  
「えっ……あー……いや、ううん。たいしたことは」  
「ある。血の匂いがするのに、それのどこが『たいしたことはない』んだ?」  
「と、トロールの血だと思う……」  
「トロールの返り血だって? ますます笑えないな」  
 
 オミニスは己のローブから腕を抜き取りながら眉根を寄せた。とげとげした口調に対して「うう」と次ぐ言葉を淀ませながら「ほ、ほんとに大丈夫だよ……」となおも言い募るわからず屋に、オミニスはことさら不機嫌そうにじとりと転入生を見やった。  
   
「今後のために教えておくが、俺はこういうときの君の『大丈夫』を信じすぎないようにしている。……さあ、ここに座って」  
 
 石畳に広げられたオミニスのローブを指し示され、転入生は当然のことながらためらった。普段いくら気兼ねなく接していても、親友の衣服を汚してよい理由にはならないのだ。  
 しかし、転入生が二の句を継ぐ前に、オミニスは転入生の手を引いてなかば強引にローブの上に座らせた。  
 
「わあ、オミニス! ダメだよ、あなたの大事なローブが、わたしの血で――あっ」  
「……ほらな。やっぱり。観念しろ、怪我はどこだ」  
「ううう……」  
 
 転入生がのろのろとローブを脱いだあと、オミニスはそれを受け取り――普段自分の衣服を畳むときより何倍も何倍も丁寧に――畳んで脇に置くと、許可と承認を挟んでから、転入生の体に触れ始める。薬と、血の匂いのまじりがいちばん強いところ。  
 
「オミニス、あの、自分でエピスキーかけるから大丈――」
「静かに。……足か」  
「……そうです……」
「ひどいな。ほとんど裂けてる……これを『たいしたことない』と宣ったのはどの口だろうな」  
 
 指をたどらせると、右腿の表から裏にかけて、ぱっくりと悍ましい裂傷の感触があった。指先がぬめるので、まだ止血が済んでいないようだ。  
 
「お、オミニス、血がつく!」
「気にしなくていい。どうしてこうなった」  
「えっと。密猟者の、ディフィンドをもろに受けちゃった」  
「……こら。相手がトロールだって嘘をついたな。レイブンクローに減点」  
「あっ」  
「はあ……。……しかし、転入生、君が? 敵の攻撃を、もろに?」  
「なにその反応。わたしだって油断することもあるよ」  
「開き直らないでくれ……。この状況、セバスチャンも同じ反応をすると思うぞ」  
「そうかなあ」  
「そうだ。俺が言うんだから、間違いない」  
「……セバスチャンに告げ口しないでくれる?」  
「悪いが約束はできないな。スリザリン流の説教をふたりぶん受けてもらう」  
「そんなあ……」  
「自業自得だ。そんなことより、早いところ治療をしよう。このあとはすぐ医務室行きだ、いいな?」   
「ええー……」  
「『えー』『でも』『だって』は無しだ。……いいな?」  
「はい……」  
 
 
 ようやくおとなしくなり、「すべてあなたの言うとおりにします」と言わんばかりのしょんぼりした顔つきになった転入生に、オミニスはつい噴き出してしまった。魔法動物学でびしょ濡れになってしまったニーズルもこんな雰囲気だった気がする。  
 
「なに」  
「ああ、いや……すまない……っふふ。君があまりにもしおらしいから」  
「もー……人が反省してるのに笑わないでよ……」  
「ははは、そう拗ねないでくれ。転入生、もう少しスカートを上げてくれるか」  
「うん」  
 
 オミニスはもう一度、細心の注意を払って傷を確認し、きつく下唇を噛んだ。もしも骨まで到達していたなら、たまったものではない。
 
「痛いか。痛いよな」  
「平気だよ。むしろ、オミニスのほうがつらそうな顔してる」  
 
 立てた片膝に頬を預けて、眦を弛めながらこちらを窺う転入生に、オミニスは「俺のほうこそ平気だ」と、眉を下げてそっと口元の力をゆるめた。  
 患部に杖を翳す。杖の先が淡く光る。  
 
「ヴァルネラ・サネントゥール……ヴァルネラ・サネントゥール……」  
 
 吟じるようなささめきが耳や傷口にじんわりと染み込む。  
 ところで、転入生はオミニスが呪文を唱える姿がとても好きだった。オミニスの詠唱は、美しい発音や杖の振り方も相まってたいへん優雅なのだ。以前呪文学でペアになったときにその旨を伝えたところ、「ありがとう」とお礼を言ってはくれたものの、その後なんだかやりづらそうにしていて申し訳なかったと記憶している。  
 そしてもちろん、転入生はオミニスの声も好きだった。愛しているといってもいい。いつもよりずっと穏やかな声が、地下聖堂に夜をつれてきている気さえする。  
 
「転入生」  
「うん?」  
「頼むから、自分を大事にしてくれ。セバスチャンにも再三言い含められてほとほとうんざりしているかもしれないが、何度でも言うぞ。君は俺の、大事な……友人なんだ」  
「……うん」  
「もし俺たちがこうして傷ついて、平気がっていたら、君はどう思う?」  
「……すごく心配だし、頼ってくれないのが悲しい。それが何度もあったら、怒るかも」  
「そう、俺たちもそうだ。心配なんだよ、君が」  
「怒ってる……?」  
「少しな。すっかり毒気は抜かされたが」  
「……ごめん」  
「いいさ。君がそういう子なのは、俺たちも重々承知してる。ただ、大丈夫だって強がるのは、できればよしてほしい。……とくに俺は、君が『視えない』から、余計不安というだけで」  
 
 ふと、転入生が息をつまらせる気配がした。どうした、と視線だけよこすと、転入生はぐんにゃりとうなだれて、返事とも嘆きともつかない絶妙な唸り声を絞り出す。  
 
「……わたし、オミニスのそういう顔、だめだあ〜……」  
「聞き捨てならない言い回しだな。どういう顔だ?」  
「う〜〜ん……なんだか、こう、悲しそうな顔……ぜったいこんな表情させちゃだめだって思えてくる」  
「それはいい傾向だ。ぜひそうしてくれ」  
 
 またもや肯定だか否定だか不明瞭な唸り声。オミニスはそっと微笑んで、詠唱を再開させた。  
 
「ヴァルネラ・サネントゥール……ヴァルネラ・サネン――……転入生?」  
 
 しばらくののち、見るに耐えないほどだった傷口もあらかたふさがったころ、オミニスは肩にほんの重みを感じた。同時に、ふと転入生がジョバーノールのごとく異様に静かになったのでそちらを見る。  
 転入生はすやすやと、ふてぶてしくもオミニスの肩を枕にして、大変快適そうに寝息を立てていた。  
 オミニスは「まったく、君ときたら」とどこかセバスチャンに似通った表情と台詞で、転入生の体を横たえ、まるい頭を自身の膝に乗せてやる。軽く前髪を整えてやってから、近場のブランケットをなるべく小さな声量の「アクシオ」で引き寄せると、転入生の体をやわらかく包み込んだ。  
 
「……医務室行きは、あとでいいか」  
 
 親友の安寧と閑やかな夢見を祈りながら、オミニス・ゴーントも、静かに目を閉じた。  
   
 起こしに来たセバスチャン・サロウに対して事のあらましを白日の下に晒され、転入生がまたもや説教を食らい、もう一匹の蛇によってさらに減点を下されるまで、あともう少し。
 

'A Lullaby for the Stubborn
(わからず屋のための子守唄)



 
Syzygy / 惑星直列



バナー配布元:
Aimeeさま
最上部へ 最下部へ