長文テスト
双子と自機がおひるねしてる掌篇
#FF14
午睡
「おや」
窓硝子を透かして射しそめる陽が、優しい橙を帯び始めたころのこと。所用を終えたアルフィノが拠点に戻ると、ソファにふたつ、寄り添う人影があった。
手近な腰掛けに腕に抱えた荷物を下ろしてから近寄ってみれば、彼は幾度かまじろいだあと、目元と口元を撓ませる。
かの光の戦士と、アルフィノの片割れであるアリゼーが頭を預けあい、手のひらを重ねてのどやかに寝息を立てていた。種族こそ違えど、常日頃から姉妹のように仲の良いふたりだから何ら不思議ではないのだが、とりわけ光の戦士は年がら年百絶えず働き詰めなので、休んでいる光景はなかなか珍しいものだ。
アルフィノだけでなく、仲間たちの誰もが彼女に休息をとってほしいと願っている。だから、いつだって人がために得物を握る彼女がこうして安息を得ている様子は、心底安堵を覚えるものだった。
書きかけの書類、インク瓶に斜めに刺された羽根ペン、絶妙なバランスで積まれた本と、空になったティーセットが広げられているテーブルの様子から見るに、片手間で話をしているうちに熱中して、そのまま眠りこけてしまったのだろう。アルフィノは微笑みを浮かべながら拠点の宿泊部屋に引っ込み、大判のブランケットを手に戻って来た。おひさまのにおいがする、洗いたてだ。広げると、その風圧で陽射しに透けるわずかな埃が舞う。華奢な体躯のふたりの肩をやわらかく包むように、ブランケットを掛けてやった。
途端、むずがる子どものごとく唸って眉を寄せるアリゼーに、起こしてしまったかと心臓が跳ね上がる。が、すぐに元の安心しきった面差しに戻ったので、アルフィノはほっと胸を撫で下ろす。
「……作業の途中だっただろうから、ティーセットだけ片付けておくよ」
じっと声をひそめて、極力音を立てないようトレーに茶器を乗せ、流しへと歩を進めた。
◆
アルフィノが片付けを終えて客間に顔を出すと、ふたりをしっかりとくるんでやったはずのブランケットがもう腰元までずり落ちていた。それもそのはず、先程よりもいくらか寝相が変わっている。
半ば仕方なさそうにする傍ら、アルフィノはどこかうれしそうな面持ちでそれを掛け直してやる。
「ふふ……君たちときたら、夢の中でも冒険をしているのかい? 私も連れて行ってほしいものだね」
英雄以前に一介の冒険者である光の戦士と活発なアリゼーは、よく連れ立ってあちこちに足を伸ばしていた。アルフィノはどちらかといえば室内を好む少年だが、それはそれとして、彼女たちをうっすらと羨ましく思ったのはいつの話だっただろうか。おそらくは、女性たちの時間を邪魔してはならないという線引きをしていたのもあるだろう。声をかけさえすれば光の戦士は嫌がる素振りも見せず手を引いてくれるだろうが、なんとなく引け目を感じるというものは誰にだってある。
声量を落としているため、少なくとも二人を無神経に叩き起こす心配は少ないはずだ。そのまま立ち去ってもよかったのだが、そのときはなんとなく、その場に留まりたい気分が後ろ髪を引いた。あんまり穏やかなので、そののんびりとした雰囲気につられて歩みが鈍ったのかもしれない。
出来うる限り繊細に気を払いつつ、光の戦士のそばに腰掛けてみる。やわらかくて質の良いソファーだったので、軋むことはなかった。無防備な姿を覗い見ることはどうにも憚られたが、きちんと眠れているだろうか、という心配が勝り隣へ視線を遣った。
年相応のあどけなさを呈する寝顔が、そこにある。なんだか気抜けする心地を覚えて、アルフィノは背もたれに身を沈ませた。アリゼーの側にある深々とした目の傷はやはり心を痛ませるものだが、それでも、せめてこのひとときの間だけは、彼女が安らぎの只中にいるようにと願うばかりだ。
赤ん坊の頃からすっかり見慣れたアリゼーだって、こんなに子どものように安心しきっている表情を見るのは久しぶりだ。アルフィノは今一度、胸を満たすささやかな幸福に笑声を零した。
ふと、アルフィノは湧き出た小さな欠伸を飲み下す。目尻に滲んだしずくを拭うと、今度は先程よりも大きく口が開きそうになった。
まろやかな陽射しと、すぐそばにある温もりたち。静寂の中にあるのは、規則ただしく刻まれる秒針と、時折空を横切る鳥のさえずり、外から仄かに伝わってくる呼び売りの声やチョコボの鳴き声だけ。
襲い来る眠気と暫しの間戦っていたアルフィノ少年だったが、健闘むなしく、彼の意識は静かに途切れていった。
◆
肌を撫ぜゆく柔い冷気に意識を引き上げられ、光の戦士は瞼を開いた。記憶では先程まで昼ごろだった気がするのだが、いつの間にか日が暮れて、とっぷりとした闇が満ちている。随分と寝こけてしまったらしい。未だ靄のかかる思考を巡らせて時計をの居場所を探ろうとすると、ふいに両肩にかかる重みを感じ取った。
なんだろうと疑問に思って見やれば、彼女はわあ、と吐息混じりの驚きを漏らす。実の弟妹のようにたいそう可愛がって見守っている双子たちが、自分の肩を枕にしてすやすやと目を閉じていた。
あんまりかわいいのでいつものように二人まとめて抱きしめそうになったが、そこまで衝動的ではない。なんとか己を押しとどめ、彼女は乗り出しかけた身をおとなしく引いた。
「……おやすみ」
祈りのように口にして、光の戦士はふたりを慈しみ深いまなざしで見つめる。
それから、ふたたび目を閉じる。三人の夢路を、窓辺からさす月光が見守っていた。
そののち、この光景を目の当たりにした仲間たちの間に微笑ましくて仕方なさそうな空気が流れたり、「わっ、私、そんなことしてないわ!! 絶対よ!! 知らないったら知らない!!」とアリゼーがすっかり赤らびたり、アルフィノが面映そうにしていたというが、それはまた別の話。
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